広島高等裁判所 昭和39年(行ス)1号 決定 1964年4月10日
抗告人 広島県公安委員会
相手方 大下勇一
主文
原決定を取り消す。
相手方の本件申立を却下する。
申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。
理由
抗告代理人は、主文同旨の裁判を求める旨申し立て、その理由とするところは、別紙記載のとおりである。
よつて、本件運転免許停止処分の執行により相手方に対し回復の困難な損害を生ずるか否かについて審究するに、まず、相手方が本件処分の執行を受けると使用者である呉市交通局から出勤停止命令が発せられるとの点についてはこれを認むるに足る疎明がない。次に、相手方の収入が著しく減少することになるとの点については疎明により一応これを認めることができるが、かかる事実は、いまだ回復の困難な損害に該当するということができない。また、将来における昇給の査定に著しい不利益を受けるとの点については、本件処分の執行が終了しても本案訴訟の訴の利益が消滅するわけではなく、相手方は本案訴訟において勝訴することによりかかる不利益を受けることを免れ得るのであるから、この点においても回復の困難な損害が存するということができない。
してみると、本件申立は理由がないから却下すべきものであり、右と結論を異にする原決定は取消を免れない。よつて、民訴四一四条、三八六条、九六条、八九条、行政事件訴訟法七条により主文のとおり決定する。
(裁判官 三宅芳郎 西俣信比古 宮本聖司)
(別紙)
抗告の理由
原審は本件処分理由として抗告人の主張した事実関係さえ誤解し、例えば「三輪車が更に先行する車を追越そうとして」と判示しているが、それは誤りで、三輪車が追越さんとしたのは前方停留所に停車中のバスであること当事者間に争ない事実である。
加之原審の事実並法律上の判断は甚しく行き過ぎであり不当である。特に「本案訴訟における審理如何によつては行政処分の取消される蓋然性が大である」などに至つては恐らく呉市交通局が従業員の事故を内密にすまさんため之を不可抗力の疑ありとして不問に付したことにまどわされた結果と思えるが、それにしても本件につき不必要にして且つ独善的な判定であるといわねばならない。あまつさえ相手方の損害を過大に評価し行政処分執行停止に当り留意しなければならないところの緊急性について首肯するに足る理由をあけず漫然之を認めたことは甚だ遺憾とするところであり承服することはできない。
右提訴する。
原審決定の主文および理由
主文
被申立人が申立人に対し昭和三八年九月一六日なした申立人の運転免許(大型二種自動車運転免許第二八一八五号)につき、五五日間停止する旨の行政処分の執行は、本案判決が確定するまでこれを停止する。
申立費用は被申立人の負担とする。
理由
申立代理人は主文と同旨の裁判を求め、その理由として主張するところは、次のとおりである。
一、申立人は被申立人から昭和二八年七月二九日主文第一項記載の運転免許を受け、呉市交通局運輸部に勤務し、自動車の運転業務に従事する者である。
二、申立人は被申立人から昭和三八年九月一六日運転免許を五五日間停止する旨の処分を受けた。
被申立人が右停止処分をなした理由は、申立人が、昭和三八年七月二二日午後五時一三分頃乗客一二、三名を乗せて、呉市交通局所有のバス(広ユイ一七六九号)を運転し、呉市吉浦方面に向け時速約二〇粁で進行中、同市海岸通一丁目バス停留所の手前約二、三〇米に差しかゝつたところ、前方約七、八米のところに同方向に進行中の自動三輪車を認めこれに追従していたが、右三輪車が更に先行する車を追越そうとして、右にハンドルを操作したものの、追越ができなかつたため急停車することになつて、これに追従していた申立人も止むなく自己のバスを停車させたのであるが、乗客の平本盛人がその衝動で前によろけて、同じく乗客の泊野かつ子に当り、右平本は治療一ケ月を要する傷害を、右泊野は治療約二週間を要する傷害を蒙つたものであり、これは申立人の過失によつて生じたというのである。
三、しかしながら、申立人は、事故現場附近の交通量が非常に激しく、しかも同所が交叉点でもあり、且つ当時は海岸通一丁目のバス停留所に停車する寸前でもあつたので、安全速度により前方車との適当な追従距離を保つて運転していたのであるが、前車の急停車によつて申立人は前車への追突並びに車内における事故を未然に防止すべく可能な限り制動して自己の運転するバスを停車させ、前車との追突事故を避けえたにもかゝわらず、乗客の前記平本が車内の通路に漫然と立つていたゝめ、同人が身体の重心を失つて乗客の前記泊野に当り、その結果本件事故が生じたものであるから、申立人には過失が認められない。
しかるに、被申立人は申立人の過失によるものとして、前記処分をなしたものであるから、右行政処分は違法なものとして、取消されるべきものである。
四、よつて、申立人は被申立人に対し右行政処分取消請求事件(当庁昭和三九年(行ウ)第二号)を提起したが、右行政処分が執行されるときは、後日申立人が本案訴訟で勝訴の判決を受けても、次のような回復し難い損害を蒙むるおそれがある。
すなわち、呉市交通局では昨年末から路線の縮少を行い、現在では一日平均三〇名以上の運転手の剰員を生じており、このようなとき運転免許の停止処分を受けると、出勤停止命令がいつ出されるか解らないし、且つ通常の場合でも停止処分があると、当該運転手は車掌に欠員が生じたときに限り車掌勤務となり、欠員がなければ予備勤務となつて精神的苦痛は勿論のこと、著しい減給になつて、さしあたり妻子二名の扶養が難しくなると共に、将来にわたる昇給の査定にも著しい不利益を受けなければならないことになる。
よつて、執行の停止を求めるため本申立に及んだのである。
そこで、執行停止の理由があるかどうかについて考えてみるのに、本件記録によれば、本件停止処分の原因となつた事故が一概に申立人の過失によつて生じたものとばかりはきめ難いことであつて、本案訴訟における審理如何によつては右行政処分の取り消される蓋然性が大であるにも拘らず、右処分の執行により、申立人が著しい減給は勿論のこと、近日出勤を停止されることによつて、経済的並びに精神的損害を蒙るおそれのあることが認められる。かような損害は、行政事件訴訟法第二五条第二項にいわゆる処分の執行により生ずる回復の困難な損害にあたるから、これを避けるため右処分を停止すべき緊急の必要があるものといわなければならない。
よつて、申立人の本件申立は理由あるものと認め、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。(昭和三九年二月二六日広島地方裁判所決定)